sugarblog

思いついた時に、雑に記していくブログ

お久しぶりですと近況報告。それとこれから。

 

あっと〜〜〜〜〜〜〜?!

『スパイダーマン ノー・ウェイ・ホーム』日本公開まで考えたい、MCUのマルチバース解放による最近の妄想考察合戦 - sugarblog

10月の初めにこんな記事を書いてもう、1、2、3…よ、4か月だぁ?!?!クソ早いな。気失ってたんか???あけましておめでとうございますとか言ってる暇もないくらい仕事してたし、なんなら介護の現場に正月は無いぞ??そうこうしてたら1/7のスパイダーマンNWHを夜勤明けでキメて1ヶ月くらい失神してました。(???)

…はい、お久しぶりです。

スパイダーマンNWHの感想記事とか書こうと思ったんですが、もう書けないと思いました。色んな人のブログやYouTube、ふせったーで感想見てたらもう『あ、書けない』って思いましたね。あれはもう書けない。無理だろ。あの映画は。映画終わったあと感動どころか『スパイダーマンの愛』ってどデカく書いたような拳でぶん殴られたような感じがしてしばらく呆然としてましたね。ハッと気付いたら家に着いてました。ひとつ観ながらブチギレたのはエンドロールのSixTONESですかね…いや好きなんだけど。SixTONES好きなんですけどね。良い曲めっちゃ歌うし、"Laugh" in the lifeとかNEW WORLDとかこの星のHIKARIとか好き過ぎて結婚式のエンドロールにしようかと思うくらいだったんですけどスパイダーマンのRosyは………ちょっとごめんなさいでした。あの物語の締めのテンションからRosyは身体が砂になるか電流になるかトカゲになりそうでした。危なかった。

とにかく、凄まじい映画でした。ベンおじさんの死やスパイディ能力の開花は過去の実写でやったからもういいよね?アベンジャーズに合流するぜ?単独作は高校生らしくポップな作風にするぜ!と油断してたらホーム三部作を経てやっとこさスパイダーマンの運命を歩み始めたピーター。その運命は過去の実写よりも重くて辛い。映画を飲み込んだ後に出てくる言葉はただ『愛してる』。。

 

失礼しました。スパイダーマンNWHの感想はこれくらいしか書けないです。一周まわってこれしか書けないです。

ということで、お久しぶりですな!!完全にサボってました。近況報告をしようかと。

 

 

 

まず、先月末に母方の祖父が亡くなったと連絡が入り、今月の初めはお別れに立ち会っていました。

父方の祖父は自分が産まれる前に若くして亡くなっていて。今回、近しい親族が亡くなるというのが自分にとって初めてだったんですよね。

3年前にはひいおばあちゃんが亡くなって、それにも当時は東京から宮城へ帰ってきて立ち会っていたのだけれど、涙が出なかったわけですよ。決して僕の感情が欠落しているとかではなく、なんなら特撮見ながら泣いたりするくらい涙脆くて。ひいおばあちゃんとは年1で会えたら良い方で関わりが薄かったというのもあるかもしれないし、介護という現場で何回も死を目の当たりにしていたからというのもあるかもしれないけれど、親族が死を迎えた中で涙が出てこなかったんですよね。

で、今回のおじいちゃん。花入れの儀の時にむちゃくちゃ泣きました。

出棺の際の花入れの儀とは?入れていい花や副葬品は?流れまで徹底解説

花入れの儀は故人の顔を見れる最後の時間な訳ですけど、もうどうしようもなくて。悲しいとか、寂しいとか、もうそんなの分かんなくて。気付いたらマスクがびちゃびちゃになっていて。

母より一報を受けてから色々と思い返していたのだけれど、自分は唯一の孫ということもありとても可愛がってくれていたなぁという強い記憶。祖父の家は少しだけ遠く、昔は夏と正月両方かどちらかに一泊ずつ泊まることになっていた。夕飯にはおばあちゃんの気合いの満ちた料理が大量に出てきて食べ切れず、お風呂はおじいちゃんと一緒に入って遊ぶ(育つにつれて当然いつしか一緒には入らなくなったけれど)、お風呂のあとはおじいちゃんのタバコから逃げるように2階へ上がり、夜更かしをしてテレビや漫画。朝ゆっくり起きて1階に降りると『サンデーモーニング』が高確率で流れており、脳はもう一度睡魔に襲われこたつで寝落ち。そして昼に起きてゆっくり家へ帰る。…おじいちゃん家に行くとほぼこのルーティンで流れていくが、逆に言うとルーティンが出来るくらい恒例行事となっていた。大学生、社会人となってからは行く回数も減り、いつしか泊まるという恒例行事は無くなったけれど、凄く、すっごくお世話になっていた。

おばあちゃんは火葬場で親族に『病院で診てもらった時、調べたところで異常は見当たらないって言われたし、主人は何ともないって言っていた。別なところが悪かったんだ。本人は多分痛かったんだ。私がお医者さんにもっと診てくださいって言えばよかったんだ。そうすれば…』と後悔の念を口にしていた。親族が『かもしんねぇなあ』『あたしからも言ってやれば良かったんだべなぁ』と声があがる中、『…おばあちゃん』と勇気を出した。『おじいちゃんは弱さを見せたくない人でしょ?痛かったかもしれないし、苦しかったかもしれなかったけれど、「大丈夫」「平気だ」って言ったおじいちゃんは、最期までおじいちゃんらしく生き抜いたって事じゃない?おばあちゃんは後悔があるかもしれないけれど、おじいちゃんらしく生き抜いたんだね、お疲れ様って言ってあげれば、頑固なおじいちゃんも多分傍で笑ってるよ』と声をかけた。『そうだね、ありがとう』と、おばあちゃんはやっと顔を緩ませた。僕も救われた。介護職の経験が活きた場面かもしれない。勇気を出してよかった。

おじいちゃん、お疲れ様。ありがとう。ゆっくりビールでも飲んでてくださいな。

 

 

 

もひとつ。

2年前、結婚を機に東京から宮城へ帰り、介護施設へ勤務していたんですけど、2月末をもって退職することになりました。勤務自体は1月で終わっていて、絶賛有給消化中です。2月は全てお休み。有給使わず働いてたので十分に余っていたとのこと。よく頑張りました僕。

『介護で一番大事なのは人間性』ということを実感しましたね〜〜〜〜〜〜〜〜〜

いや、異論がある人もいると思いますよ、介護には知識よりも技術よりも人間性だなんて!みたいなのもあると思いますけど。人間性で優劣は決められないし、基準なんてものはおそらく無いのだけれど、強く『いや、人間性が大事だろう』と思ってしまうほど学ぶ機会がありましたね〜〜ホントに。

余裕が無いとカッと感情的になる職員や、目の前のことに真っ直ぐに突っ込んだ挙句周りに怒鳴り散らす職員だったりが居て。もはやコントロール不能なんですよね。そういう人になだめる様な声がけをしたとしても逆上するし、周りも萎縮するんですよね。『自分の機嫌は自分でとれ』なんて言葉を耳にしたことがありますが、まさにその通り。こちらからはコントロール不能なので放っておくことにする、その人は自覚しないのでさらに多発する、周りの職員はストレスフルになり退職者が多発する、というシンプルな構造。そして問題の人は辞めない。そういう『モード』に入った人はもう自分のカッと考えしか頭に無く、周りのことなど見えなくなる傾向があるので、マジで手の付けようがないんですよね。

数ヶ月前、施設でその職員の発言や行動に対する苦情が入居者様から挙がって、たまたま僕が対応にあたって報告書も出したんですが、当の本人は『私は悪くない。半分しか反省してませんから。』という具合。施設長は『俺は経歴が長い人を大事にする。だから、今回のことも庇う。』と飲みの席で言われたことがあって、手に持っていたビールをぐいっと飲み干し心の中で『あー、もうこりゃダメだな』と。

僕自身は、ストレスフルになって爆発しそうなので退職を…とかでは全くなく、単純に組織の限界を見た気がしたので「諦める」というのが正しいか。いや、泥舟が沈む前に「逃げる」が正しいか。学生時代に洋服店で接客のアルバイトをしていたが、『従業員満足度=顧客満足度』ということを教えこまれた。目の前のお客様を喜ばす前に、こちらの状態はどうですか?仕事に満足してますか?心に余裕があって、笑顔や安心を届けられますか?喜び、そして感動を与えられる状態ですか?

介護という仕事は、生活のサポートが主である。あなたが介護を受ける立場で、もし介護者から怒鳴られたら…こちらの意思を尊重しない介助をされたら…。介護も接客というサービス業である。こちらの状態が整ってないままで介護の現場には入るべきではない。綺麗事のようだが、綺麗事で何が悪い。

…まぁ熱くなって長くなりましたけど、そんなこんなで良いお話も偶然頂き、転職に至りましたよ、と。では次のお仕事と言うと、なんと教育の仕事に就きます。とはいえ介護にはしっかり関わる仕事になりますので、感じたことや経験したことを上手いこと落とし込んで伝えられるようになりたいなと思いますね。それと勉強もしなくちゃなので。パパとしてしっかり収入を得ていかなくてはいかないので、頑張りますよ。

 

 

 

近況報告でした。

有給消化中はゆっくりと出来るかと思いきや、娘(0)の時間で精一杯。ある日に女房を美容室に行かせ、数時間ひとりで娘を見ていたのですが、もうギャン泣き。少しだけなのにくたびれました。母は強し。いつもありがとうな…という言葉しか出てきませんでした。『イクメン』という言葉が出てきて長年経つが、僕はどうしてもそのイクメンにはなり切れていない。パパが子どもを育てるなんて当たり前だろう、協力すべきだと言われるのも分かるが、僕なりに頑張っているところだ。女房には育児に関して必要とされているか分からないし、僕自身は何も出来ている気がしないのでむしろ邪魔と思われているかもしれない。

なんにせよ、オムツ代やご飯代は稼がなくては行けない。生き抜くことを頑張って、俺が亡くなる時にみんなに『お疲れ様』と言ってもらえるように全うしたい。

 

あと、『スパイダーマン ノーウェイホーム』を我が子が観る時は『へへへ…パパね、これ昔映画館で観たんだぜ…ささ、色々と予習は済んだかな?一緒に観よう』と言うんだ…